「官僚政治」「官僚組織」「お役所的」など、何かとマイナスイメージのある「官僚」という言葉。
そんなただでさえマイナスイメージのある言葉に、さらに、これまたマイナスイメージで捉えられる「ゴマすり」という言葉が重ねられたタイトル。
マイナス×マイナスでプラス!? なんて単純な話じゃないけれど(笑)、実際、中央官庁で働いた経験から言っても、個々人の官僚は基本的に優秀であり、彼らの仕事の進め方などからは、一般のビジネスパーソンも大いに学ぶところはあると思われる。
(ただ組織内向的になっていくと、一般に言われる「外では使えない官僚」になっちゃう可能性は否定できないし、そういう仕事術は学んでもね……)
著者の中野さんも元エリート官僚(国家I種試験を合格した、いわゆるキャリア官僚)であり、内実を良く知る方。
そんな中野さんが官僚たちの能力の中でも特に注目したのが「
コミュニケーション能力 」。
エリート官僚と言うと、一般的に学歴が高い人間たちの集まりであり、受験で点数が良かった人たちというイメージで間違っていないが、この人たちは概してコミュニケーション能力も高い。
「勉強ばかりでコミュニケーションはまた別では…」というイメージを持たれる方もあるようだが、確率論で言えば偏差値とコミュニケーション能力には相関関係が見られるというのが中野さんの実感であり、また僕自身も実感するところだ。
官僚のコミュニケーション能力=ゴマすり力: コミュニケーション能力の高さのなかでも、わたしが中央官庁生活でもっとも痛感したのが「相手を気持ちよくさせる力」でした。官僚たちは、どんな相手でもどこか長所を見つけて巧みに褒めたりしながら、相手を気持ちよくさせ、それによって仕事をスムーズに進めようとすることが、非常にうまいのです。 下世話に言えば、「ゴマすり上手」だということです。(p.11)中野さんは「ゴマすり力」こそ、もっとも高度なコミュニケーション能力だと断言し、それこそが官僚のサバイバル力の根幹を為していると看過する。
ただ、この官僚たちの「ゴマすり」は、世間一般でイメージされるような、自分より偉い人と見れば自然にヨイショしてしまうような単純なものではない点に注意が必要。
当たり前のことだが、そんな「ゴマすり」では世間の厳しい批判の目の中で、組織(と省益)を維持し拡大していくことなど出来はしない。
そこに存在する「戦略性」こそ、僕らビジネスパーソンが学ぶべきポイントである。
その前に、まずは官僚が仕事の上で重視していることを理解しておかなければいけない。
それは、彼らがなぜそのような「戦略的ゴマすり力」を駆使して仕事を進めるのか、ということの背景にあたることだ。
官僚の世界で重視されていること: 一つ目は国会議員が政治・行政の世界では主役であること、 二つ目は仕事はとにかく波風立てずに進めること、 三つ目は政治家が主役であることを認めながらも、役所や官僚が最初に決めたことをなるべく貫徹させることが優れた官僚であること(p.190)あまり望ましい話ではないが官僚型組織と言われる組織が現実に存在している以上、そこで働くビジネスパーソンにとっては、大いに参考になる話であり、実は多かれ少なかれ(政治家が別の単語に置き換わるだけで)実践されていることだろう。
そもそも「社内政治」なんて言葉があるくらいだし、「派閥」という言葉が違和感なく当てはまる組織に生きている中堅以上のビジネスパーソンならば、「戦略的ゴマすり力」は間違いなく必要な能力だと実感できる(している)はずだ。
僕自身は、今の会社は小さな会社であり、ベンチャー気質で社内政治などということを気にするようなことはないのだが、それでも官僚組織で少なからず染められた価値観が、仕事を進める上で役に立ったケースは沢山ある。
特に三つ目のポイントのように、優れた社員かどうかはともかくとして、担当ベースで(顧客も交えながら)最初に決めたことを、いかにうまく社内で通していくか…ということは、誰しもが日常的に考えているのではないだろうか。
では、こうしたことを重視して仕事を進めていく官僚たちの「戦略的ゴマすり力」とは…?
戦略的ゴマすり3つの基本: 第一に、ゴマをする目的意識がはっきりしているということです。ゴマすりのためのゴマすりではなく、あくまで仕事を有利に進めていくというのがおもな目的です。 第二に、どんな状況でも、自分の目的・仕事を見失っていないことです。 第三に、空気を読む力に卓越していることです。ゴマすりのタイミングを計るためには空気を読む力が重要です。(p.146-p.147)誤解してはいけないところだが、官僚たちは確かにこうした「戦略的ゴマすり力」を駆使して仕事を進めていくわけだが、それは小手先のコミュニケーションテクニックなどでは決してない。
上記の3つの基本には明示されていないが、こうしたゴマすりを成り立たせる背景として、官僚たちの膨大な専門知識や細かなルールの設定能力、タイムスケジュールの管理、下請け仕事を引き受けること、根回し力などの基本的な能力があることを忘れていけない。
(そういう意味で、冒頭に指摘したように、個々人としての官僚は基本的に優秀である。)
官僚が口八丁手八丁で政治家を手玉に取れるほど、政治家自身も間抜けではない(人間力という意味では政治家には並外れた人も多い)。
また、「基本」とされていることこそ全てだったりすることはよくあるわけだが、この「戦略的ゴマすり力」もそう言っても過言ではないかもしれない。
戦略的ゴマすり力の背後にあるものとは: 役人のゴマすりの背後には、哲学・信念・市場価値が存在します。ゴマすりの技術というよりも、それらこそが役人のゴマすりを効果的にしているのです。(p.214)世間一般でマイナスイメージをもって語られる「ゴマすり」と明確な一線を画すためのものがここに表現されている。
僕らは、間違っても大人気グルメ漫画『美味しんぼ』に登場する富井副部長のようになってはいけない。
そういう人を、僕らは軽蔑を込めて「ゴマすり野郎」と呼ぶけれど、戦略的ゴマすり力を駆使して仕事を進める人たちのことは、「仕事のできるエリート」と呼んでいるのだ。
とすると、結局、いま僕らがしなければいけないことは何なのか。
もちろん、小手先のコミュニケーション技術を身につけて、華麗にゴマすって渡り歩く術ではない。
いま僕らがすべきこそ: ゴマすりの効力は、ゴマをする側の人間としての市場価値に大きく依存します。 (中略) 逆に言えば、自分の市場価値が低ければゴマすりの効果は小さいということです。 そんなことを考えると、この厳しい世の中を生き残るためには、卑屈にゴマをするのではなく、自分の市場価値を高めるためのさまざまな努力をすることがもっとも重要だということがわかります。(p.234)あ、ありきたりすぎてがっかりしたかも…!?(笑)
要は、何をどう伝えるかよりも、誰が伝えるかという点に価値があり重きがあるということ。
効率だとか、残業をせずにプライベートを充実させるとかいう風潮も大事だし否定はしない。
しかし、下請け仕事を積極的に引き受けて、誰よりも幅広く深く様々な仕事に首を突っ込むことが、若手ビジネスパーソンの「戦略的ゴマすり力」向上の近道だ。
体育会系な話で流行らないけれど、そういう環境を潜り抜けて、地力を身につけた官僚たちの仕事術には、今こそ注目すべき価値があると思う。
社内で一目置かれる存在となって仕事をこなしたい若手ビジネスパーソンは是非。
■ 関連リンク 著者ブログ:
中野雅至の近未来予測研究所 ■ 基礎データ 著者: 中野雅至
出版社: ディスカヴァー・トゥエンティワン 2010年8月
ページ数:252頁
紹介文:
「クビになりやすいが次の職を見つけやすい」米国、「次の職を見つけにくいが、いったん正社員になると簡単にクビにならない」仏独。それに対して、「次の職を見つけにくいが、正社員でも陰湿な手段でクビにされる可能性がある」日本の労働市場。そこはまた、学歴、経歴、実績といった定量的能力よりも、人柄、人脈、愛嬌、コミュニケーション能力といった定性的能力で就職や出世が決まる曖昧模糊とした世界でもあります。
先行き不透明ないま、こんな曖昧な労働市場で生き抜く確かな方法ははたしてあるのでしょうか?あるとすれば、それはなんなのでしょうか?
同志社大学文学部出身の異色の元キャリア官僚である著者は、それこそが、「ゴマすり力」であると説きます。高慢なイメージで語られることの多い官僚の意外なまでの腰の低さと褒める力。それに基づくプレゼン力と交渉力。組織ぐるみの根回し体制と巧みなコンセンサスづくり――そこには美学といってもよいほどの哲学と技術がありました!
いままで誰も明かさなかった本音のコミュニケーション技術にして最強のサバイバル術「ゴマすり力」をはじめて徹底解剖。官僚?ゴマすり?と毛嫌いしないで、学べるところは学んでしまいましょう。
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■ 他の方の書評記事 一流への道:
曖昧模糊とした世界のサバイバル術【書評】中野 雅至(著)『悪徳官僚に学ぶ 戦略的ゴマすり力』(ディスカヴァー21) みんビズ!:
あなたは日本国の中枢の方々から何を見るか!?:「悪徳官僚に学ぶ 戦略的ゴマすり力」中野雅至 活かす読書:
悪徳官僚に学ぶ 戦略的ゴマすり力
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