ぼくらが「差別化」できない理由とは ■書評■ 『ビジネスで一番、大切なこと』
- 2010/09/27
- 15:00

もはや、知識として知らない人はいないし、重要性を理解していない人もいないでしょう。
それでも、実際に「差別化」に成功し、ポジショニングを確立している例はそれほど多くはないのが現実。
もちろん当ブログも「差別化」を意識して試行錯誤しているわけですが、数多存在する書評ブログの中にあってポジショニングができているとは到底言えず……(汗)
そうして、何が問題なのかと考え、競合を分析し、さらに「差別化」に向けて躍起になって取り組んでいく……というスパイラルに陥ってしまうケースが何と多いことでしょう!
ビジネスの世界では、差別化がすべてだ。私たちの誰もがこのことを知っている。ビジネススクールでは差別化の重要性を教え込んでいるし、重役室では日々差別化戦略が練られている。
しかし私たちは、「違っている」ことの意味を忘れつつある。(p.159)
著者のヤンミ・ムンさんはこのように僕らが陥りがちなスパイラルの底にある真因を指摘しています。
差別化とは、他とは異なる存在として自らを他者に認識させるということですが、そもそも他とは「違っている」とはどういうことか…という点を意識することは、あまりありません。
そんなことは当然知っているものと行動していますが、現実にそうではないという事実から目を背けてはいけないということに気がつかされます。
ビジネスにおいては、差別化はコモディティ化に抗う術だと考えられている。理論的には、競争が激しくなればなるほど、差別化への取り組みが強化されるはずだ。だが、現実はその逆で、企業が熱心に競い合うほど、その違いは消費者の目から見て小さくなっている。(p.38)
何のことを言っているのかピンと来ない人もいるかもしれません。
しかし、これは先に挙げたことを考えてみれば分かりやすいと思います。
たとえば、あなたが「他者と差別化しよう!」と思ったときに最初にとるアクションは何でしょう?
自らの強みを書き出し、活かせることを書き出したら後は行動まっしぐら…というタイプの人はそれでいいです。
ただ、大半の人は「ほかの人はどうしている?」という不安を拭いきれず、他者(他社)の調査を行うのではないでしょうか。
そして、そこにこそ「差別化を考えていたはずが同質化へと向かってしまう」という罠が潜んでいるのです。
私の観察では、競合他社についての豊富な情報を得ると、少なくとも二つの点で影響が及ぼされる。第一に、近視眼的な競争が生み出される。(中略)
第二に、さらに深刻な問題だが、競合他社の行動を模様しよう(できれば一歩先んじよう)とする傾向が生じる。(p.160)
これは『小さなチーム、大きな仕事―37シグナルズ成功の法則』でも指摘されていること。
とはいえ、自分たちの考え付いたことが果たして差別化になっているのか…という不安は消え去りはしません。
ヤンミ・ムンさんが指摘するとおり、差別化のためには発想のイノベーションが必要な一方で、僕らが思いつくようなことは他の人も思いつくと思ったほうがいいでしょう。
本書では、そうした罠を乗り越えて、差別化に成功し、ポジショニングを確立させている企業や商品・サービスを研究していった結果、アイデア・ブランドの三つの類型を導いています。
アイデア・ブランドの三つの類型:
1. リバース・ブランド(例:IKEA、ジェットブルー)
除去すると同時に向上させる。品質を高めながらもそぎ落とす。基本と卓越性の融合だ。初めて接したときは、風変わりで馴染めず、戸惑いすら感じるかもしれない。しかし、他との違いは歴然としている。(p.90)
2. ブレークアウェー・ブランド(例:AIBO、スウォッチ)
消費者の分類プロセスに意図的に介入し、デフォルトに代わるカテゴリーを提示する。(p.105)
私たちはブレークアウェー・ブランドに出合えば、ためらくことなく即座に理解する。再教育の必要はない。ここが特筆すべきポイントだ。(p.112)
3. ホスタイル・ブランド(例:ビルケンシュトック、レッドブル)
消費者に媚びず、その気がないふりをする。歓迎のじゅうたんを敷き詰める代わりに、挑戦状を叩きつける。(p.121)
消費者の懸念には一切反応せず、市場のフィードバックにも妥協してはならない。見返りは、これ以上ないほど純粋で偏ったポジショニング、極端なまでのブランドの差別化にある。(p.127)
なるほどと思わされる分類です。
そして、差別化についてこうした捉え方をすれば、細かな性能や産地の違いを詳しく説明することによって「差別化」を達成しようとする試みがいかに的外れなことなのかにも気づくでしょう。
指摘されるまでもなく、本質的には無意味な区別を巧みに差別化に見せかけているだけだということに担当者自身は気がついているのかもしれませんが……。
『ポジショニング戦略[新版]』によってずっと以前から指摘され続けてきているように、市場におけるポジショニングの確立、他との差別化というのは、つまるところ消費者の頭や心にどのように認識されるのかということに尽きます。
ところが、消費者というアマチュア集団は、違いよりも類似点に目が行くという、差別化を企む側からすれば厄介な性質をもっているということを忘れてしまいがちです。
お客様は神様なんかじゃないけれど、この点をゆめゆめ忘れることなかれ。
本書は名著の誉れ高い『ご冗談でしょう、ファインマンさん』の執筆スタイルに大きな影響を受けていると、ヤンミ・ムンさんは言っています。
同書では、思いもよらない方向から微妙なニュアンスを汲み上げ、積み重ねていくことで、科学というテーマを日常生活に織り込み、豊かさや味わい、深みを加えている、としています。
そうしたスタイルを「経営戦略」「差別化戦略」というテーマに当てはめた本書は、類書に比べても抜群に読みやすく面白い一冊になりました。
事例分析に基づき、なおかつ読みやすい経営書をお求めの方には強くお薦めできます。
そうでなくとも「差別化」というテーマに関心のある方、「差別化」したくてもがいている方にはぜひともお読みいただきたい一冊ですよ。
■ 基礎データ
著者: ヤンミ・ムン
訳者: 北川知子
出版社: ダイヤモンド社 2010年8月
ページ数:200頁
紹介文: 「競争戦略論」マイケル・ポーター、「イノベーションのジレンマ」クリステンセンと並び、ハーバード・ビジネススクールで絶大な人気を誇る、いま、最も注目される女性経営学者
彼女の授業は なぜ、それほど熱く支持されるのか?
ダイヤモンド社
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