まだまだコンセプトもあやふやですし、これから色々と練り上げていかなければならないことが山積みで何とか動き始めたような時、チームの若手と議論をしていて、僕が、上のような言葉を言ったことがありました。
もちろん、嫌々やらされているような仕事ではないので、この例の担当者ほどにはひどくありませんが、僕自身が興奮できるようなところにまで考えを高められていなかったのです。
本書を読んで目が覚めた僕は、面白いか?と自問していた事業計画を練り直し、計画に着手しました――とはならないのですが(笑)、確実に僕らの事業計画の考え方を変えてくれるだけのインパクトは受けました。
今まだ事業計画はブラッシュアップを続けていますが、当時とはまったく違った視点「ストーリー」を強く意識した青写真に変わってきています。
「論理ほど実践的なものはない」と私は確信しています。逆にいえば、新しい実践のきっかけを提供できない論理は、少なくとも実務家にとっては価値がありません。(p.11)
本書は「経営戦略に法則はないけれど論理はある」という立場に立ち、戦略の論理化を追求していきます。
だからこそ、実務家である僕に大きなインパクトをもたらし、新しい実践のきっかけを与えてくれたわけです。
そこで、ここでは「僕の事業計画(戦略)を変えた3つの気づき」について紹介させていただきます。
1. 本質を見失っていませんか? 「違いをつくって、つなげる」、一言でいうとこれが戦略の本質です。(p.13)
ヤンミ・ムンさんは『
ビジネスで一番、大切なこと 消費者のこころを学ぶ授業 』の中で「ビジネスの世界では、差別化がすべてだ。(同書p.159)」と言っていましたが、他社との「違い」を個別バラバラに打ち出しても意味がありません。
それは差別化ポイントであって、差別化「戦略」にまで高められていないのです。
本書で徹底的に繰り返されるのは、この「つなげる」という発想です。
どうしても「他社との違いって何だろう?」と考えるとき、僕らの思考は個別の違い(=ポイント)に向いてしまいがちです。
逆に、一つひとつの打ち手はどこかの競合他社が採用しているかもしれないけれど、全体をつなぎ合わせたときには自社オリジナルのストーリー、戦略になっている、という方が正解でしょうね。
個々の打ち手は限られますが、それが幾重にも組み合わせれば展開の仕方は無限に広がるわけですから。
2. ストーリーの基本は何でしたか? 戦略を構成する要素は競合他社とのさまざまな違いです。SPに基づく違いもあれば、OCに基づく違いもあります。こうしたいくつもの違いを因果関係で結びつけ、そこに流れと動きをつくっていくのがストーリーの戦略論です。(p.164)
ちょっと説明が必要かもしれません。
SPというのはポジショニング戦略と呼ばれるもので、本書ではレストランを例に「シェフのレシピ」で勝負する戦略と喩えています。
一方、OCというのはケイパビリティ戦略のことで、レストランで言えば「厨房の中(オペレーション)」で勝負する戦略に当たります。
ビジネスの最終目的は「持続的な利益の獲得」ですから、戦略とはいかにしてそれを達成するかというストーリーです。
どうやって「めでたし、めでたし……」というエンディングに繋がるようなラストシーンを描くか、ということを考えなければいけませんし、その前に主人公に一波乱あった方が物語は盛り上がるでしょう。
要は、文章の構成で必ず習うし意識する基本中の基本である、「起承転結」の各部分を戦略にも持たせなければならないのです。
一番難しいなと思ったのは「転」の部分。
これは、普通に話を考えるときも同じかもしれませんね。
(いや、「起」も相当難しくていつも手が止まるわけですが…汗)
全体のつながりを持たせ、特に「結」に違和感なく繋がる盛り上がりを担当する箇所ですから、ここにあっと驚く「転」を持ってこられると、ストーリー全体が面白くなるというわけです。
3. 非合理な部分がありますか? ストーリーの戦略論は、部分的には非合理に見える要素が、他の要素との相互作用を通じて、ストーリー全体での合理性に転化するという論理に注目しています。事前と事後のギャップではなくて、部分と全体の合理性のギャップに賢者の盲点を見出します。(p.350)
ここが本書の肝と言える部分かもしれません。
先ほどの起承転結で言えば「転」に当たる部分になります。
部分的には非合理に見えても全体のストーリーを考えてみるとなくてはならない、むしろそれがあるが故に戦略が「差別化」されている、とも言えるパートです。
本書で挙げられている例を一つ紹介しますと、パソコンのデルが挙げられています。
デルと言えば「ダイレクト・モデル」で有名ですが、戦略としてぱっと思い浮かぶのは「受注生産」「無在庫」「カスタマイゼーション」ではないでしょうか。
これらは色々なところで紹介され、真似したい成功事例として取り上げられてきました。
こうした誰が見ても「素晴らしい」取り組みであり、真似したいような取り組みは「転」にはなり得ないというのが楠木さんの教えです。
では、何がデルにとっての「転」だったのかと言えば……楠木さんは「自社工場での組み立て」を挙げていました。
1990年代から2000年代というのは、ファブレスメーカーと言って、工場を持たないメーカーが流行りのように取り上げられていました。
そのような中、「無在庫」は真似したいと思われても、自社工場を持つという選択肢は、できれば取りたくない(企業にとっては資金負担が軽くなります)と思うのが一般的な感覚でしょう。
そう、このように他の人から見れば合理的な取り組みには思えないような取り組みこそが「転」になりえると楠木さんは言います。
もちろん、非合理に見えるものが非合理なまま、会社の足を引っ張るようでは困りますので(汗)、デルのように、それがあるが故に「結」に至るストーリーが確たるものになるという、全体の中で見てはじめて合理的な戦術になるようなものを考えることが大切です。
非常に難しいことは百も承知ですが、この視点で見直すと、自分の戦略がいかにストーリーとして脆弱で面白みの欠けるものであったのかに気づかされます。
もちろん、ここで紹介したようなたった3つの気づきだけで「ストーリーのある戦略」は作れません。
僕が活かしていくポイントはまだまだ多くありますが、そちらについては是非本書でお確かめください。
また、僕はこれまで、経営戦略論や事例分析(自分が過去に手がけた事例分析も含めて)の本を読んで、分かったような気になりながら、今ひとつモヤモヤとした想いも抱いてきました。
ベストプラクティスに学ぶという姿勢は大切だと思ってきましたし、今でもその気持ちは持っています。
しかし、本書を読むと「ベストプラクティス」を学びながら抱いたモヤモヤした気持ちの正体に気づき、霧が晴れたような気持ちになります。
値段が高い? 分量が多い?
他の本を読む時間を削ってでも読む価値が大いにあります。
今後、本書を読まずして事業戦略論(競争戦略論)を語るなかれ、とまで言いたい一冊です。
優れた戦略思考を身につけるために最も大切なこと。それは、戦略をつくるという仕事を面白いと思えるかどうかです。(p.65)
本書を読めば面白いと思えるようになるはずです。
事業戦略に携わる方は必読ですよ!
■ 関連リンク 著者Twitter:
@kenkusunoki ■ 基礎データ 著者: 楠木建
出版社: 東洋経済新報社 2010年4月
ページ数:518頁
紹介文:
戦略の神髄は、思わず人に話したくなるような面白いストーリーにある。多くの事例をもとに「ストーリー」という視点から究極の競争優位をもたらす論理を解明。
楠木 建 東洋経済新報社 売り上げランキング: 177
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